詐欺師テクニシャン




11/12/**記
この話はぎりぎり貧乏男が何とかどん底から抜け出したものの、ある事をきっかけに道を外れ泥沼にはまり込んで行き、色々な人々から追われる立場になってしまい、とうとう詐欺までして逃走資金を作り、夜逃げをする羽目になったという、至極在り来たりの退屈な話である。

アーチという男が『働きたい』と私の店にバイオデータ(日本の履歴書)を持って来たのはアーチが詐欺事件を起こすかれこれ8ヶ月ほど前今年の3月の事であった、32才中肉中背おっとりしている、その頃募集していたのがコンピュータ・テクニシャン、日本で言う技術者募集である。

店の窓に募集広告を貼り付けて約一ヶ月、その間面接に来た10数人のもろもろの人達、大学でコンピュータを専攻していた奴、コンピュータ専門学校を卒業した奴、どこどこのコンピュータ店に勤めてた奴、あまりにもコンピュータの事を知らな過ぎるので、よくよく聞いてみるとNETカフェのボーイであった、とか、さまざまな応募者が来た。

勿論私が面接をする、まず最初に聞くことは「故障したコンピュータを直す自信はありますか?」この答えに自信が無いと答えた人は流石に一人も居なかった、それから簡単なテストをする「CPUとは何ですか?」「Driverとは何ですか?」「VGAとは何ですか」「コンピュタをバラした事がありますか」等々極初歩的な問題ばかりであるが、ところがこれさえまともな答えを返す奴は稀である、口頭質問にパスすると最後に実技テストをする、故障しているノートパソコンを1台渡して故障箇所を答えさせる問題である、これは技術力を測るにはとても有効な問題で、パソコンをチェックして行く作業過程を見ているとどの位の技術力があるかを的確に判断できる。

思っていた通り合格点まで行った応募者は一人もいない、その中でも最高点が50点の応募者が一人だけ居た、これなら教えれば使える様になるかも知れないと思い、雇い入れる話をしたが、この男かなり自分自身を過大評価していて『私の技術力は最高の位にある、給料は最低500ペソ、3食昼寝付きが条件だ』ッと言うのでお断りした。

結局10数人目に面接に来たアーチを雇うことにしたが総合点40点であった為プロフェッショナルとしてではなくトレーニングと言う身分で雇った、雇用条件は給料250ペソ、一日3食付、昼寝は付かないがコーヒーは自由である、食事は私の店の近場で外食すると1食50ペソ位だから全てを計算すると支給額は400ペソ相当になる。

アーチとしてはこの上ない条件であった、兎に角現在はどん底で家から私の店まで来るジープニー代の25ペソまで借りて来た位の極貧状態であった、彼がたった一つ出した条件は「往復の交通費は毎日払ってくれませんか?」であった。

アーチと言う男勤め始めるとなかなか出勤だけは真面目にしてくる、めったに休みを取らない、結婚前だが子供も一人居る、極貧生活から抜け出すためにもがんばって働かなければならない、しかしその働きぶりはと言うと決して感心出来る様なものではないし信用できる働きぶりではなかった、一言で言うと『怠け者』、店に来ればただ飯食えて給料も貰える、なるほどこれで彼が極貧生活をしていた訳が解った、私は長く続かないと確信した、仕方が無いのでアーチには毎日の作業日報を書かせて数日間様子をみてみた、やはりほとんど仕事はしていないようである。

彼の主な仕事はお店で受けた修理をもう一人のテクニシャンカロイに聞きながら修理する、たまにお客さんからチップも入る、カロイも23才になったばかり、コンピュータ技術も2年半私が付きっ切りで教えた、その甲斐あって今では80点以上の点数を上げられるまでになったが、人の使い方までは経験も無いし解らない。

アーチが働き始めて3ヶ月程経ったある日、見慣れない顔の若い娘が誰かを探すように店の中を覗き込んでいる、その時は何だろうと思ったが、後でわかった、アーチの妾だと言う、何か問題があってアーチを探しに来たのだと言うことであった。妾作れる程給料やっていたのか俺は?かなり疑問に思うが事実妾が存在している、その後この事が奥さん、いや!、奥さんもどきにばれて一騒動始まるが、奥さんもどきとて正式なものでは無いので・・・どうなってんだ?そして数日後とうとう店の前で奥さんもどきと妾が鉢合わせになった、こりゃあ見ものだっと大きく期待をしたが裏切られた、取っ組み合いの喧嘩までには残念ながら至らなかった。

その後アーチは子供が居るのに奥さんもどきと別れる話になった、私が『どうして分かれる話に成ったか解らないが、お前さんの奥さんもどきはかなり醜いお化け豚でその上ずうずうしい、礼儀も知らないし、早く言えばバカだ、お前さんがいやになるのも十分理解できるがナ〜、でも妾も醜さは負けてないぞ、どこで拾ってきたか知らないが、どっちに転んでもお前さんの趣味は酷過ぎるね!、まあ、世の中にはそんな人も居てくれないと釣り合いが取れないからネ~!、それで良いんだろうけど・・・』

後日談は結局妾とは別れ、お化け豚の奥さんもどきの所へ戻ったとの事であったが、しかし不思議な事はアーチの事、本当に金はどうしていたんだろう?いくらドブスの妾でもぜんまい仕掛けではないから、金は掛かるに決まっている、どうしたんだ金は???っと言う疑問はある時が来るまで長い間ず〜っと拭えなかった、そしてその疑問が解ける時が来たのはそれから3ヵ月後の事であった。

その間私は日本に一時帰国で2ヶ月間フィリピンを留守にした、日本に帰国する以前のある日アーチとお客の間で妙な秘密めいた変な光景を見た事がある。 アーチが自分の携帯番号を書いて渡しているのか、お客の携帯番号をメモしているのか、そのどちらかをしている、しかしそのどちらもアーチにとっては必要の無い行為である事は言うまでも無い、その時は『なぜ?』ッと言う気持ちは有ったにせよ特に強い疑問は持たなかった。

戻ってきてからアーチの異変に気が付いた、チョクチョク休んでいる、別に体調が悪いとか、家族の問題があるとか、ましてや子供の誕生日が毎週ある訳でもないが週に2日、3日と休む様な状態である。 解釈は『こられなくなった』か、又は『来なくても良くなった』のどちらかで、私に取っては簡単に解る事である、サイドライン(別の所で仕事をする)をしている事は容易に想像が付く、私がそれとなく忠告するがその後もアーチの出勤状態は変わらない、もうのめり込んでいてどうする事も出来ない状態になっている様だ。

アーチが辞める、ッと言うより逃げる3日前にある事件が起きた。 その日から二日前にカロイは田舎に帰っていた、アーチは休めない、なぜかと言うと決して責任感の強い男だからなんて、シャッチョコだってもありっこない、カロイが居なくて忙しいからではなく、カロイがいないからめったに訪れる事の無いチャンスなのである、いつもはカロイの目が有るので出来ないが、今はメモリー、ハードディスク、CP`U等小物はいつでも持ち出せるではないか、事実アーチが逃げた後ハードディスク10数個と256MBのノート用メモリーが10枚位不足していた。

その事件とは・・・・この店では初めてのお客が8,000ペソの商品を買う事になった、しかしそのお客は『手持ちのお金が今無いから家に取りに来てほしい』と言う、この時実は私も外出していた、アーチが担当していた都合上アーチが付け馬に成ってお客の家までお金を取りに行く事に成った。

1時間ほどして帰ってきたアーチは非常に慌てている様子を見せ、『お客がお金を払わずにどこかへ行ってしまった』ッと言う、パソコンはどうしたと聞くとお客に渡したと言う、これは可笑しな物である、アーチはお金を取りに行って代金を貰ったらパソコンを渡すわけである、 なぜお金なしに渡したのか、誰でも疑問に思うがその時はまさかアーチとお客がグルだったとは疑わなかった。

アーチになぜお客の家まで入っていかなかった?と言うと「行ったのは家じゃない、ホテルへ行った」と言う、此処から話が臭くなって来る、最初家に金を取りに来いと言って何でホテルに行くのか?、又アーチはなぜお金なしに商品を渡したのか?、その答えはアーチこそこの詐欺を仕組んだ張本人だからである。

2日後アーチはその週の給料を貰ってから「明日お金を借りて来てパソコン代は弁償します」っと言い残し、次の日から当たり前の様に店にはこなくなった、来ない所か子供と奥さんもどきを連れて住んでる家からも夜逃げてしまった。