連載手記『エッペのケツ』騒動記二十
第三章 エ〜エ!ウッソだ〜!!フィリピン何処もかしこも疑念の渦
その9 ショップ存亡の危機!!その10 エッペの霊に取り憑かれ?

今日の新たな登場人物、人物をクリッで自己紹介をします。


その9 ショップ存亡の危機!!

今日はバクラーランの第四回目、写真クリックで拡大

シドロ貝、タイラギ貝の生食レポートはこちらをクリック。



Villamorに新しいゴルフショップが出来ると言う、しかも私のショップが有るドライビング・レンジにである、その話がまだ噂として聞いた時は耳を疑った、以前私が今有る店をオープンする時に別なショップが有った、しかし当時はドライビング・レンジにではに無く、遠く離れたクラブハウスに有るキャッシャーの隣に有った。

新店舗をドライビング・レンジでオープンしたいと打診した時当時のGM(今回退いたGM)はそれでも同種の店がある以上、許可できないと断られた経緯が有る、その為私の出店が出来なくて当時有った店がやめるまで2年間もの間待たなければ成らなかった。

それが何処のゴルフ場でもしきたりで有り日本風に言うと仁義と成っていた、これは日本のゴルフ場でもそうである、1つのゴルフコースに2店舗のゴルフショップが有るのは極めて珍しい。
しかも今度は私のショップの隣に新店舗が出来ると言う、私としては競争相手に成る訳である、噂は又も真実に変わってしまった、新店舗のオーナーがGMとの話し合いでとうとう出店する事に成功した。

それでは今度の出店をGMはなぜ許可したのだろう?答えは私の想像を違(たが)わず簡単且つフィリピンでならではの常套手段(じょうとうしゅだん)を使ったそうだが、それは想像にお任せする。
新店舗のオーナーが上手く立ち回り、GMがそれに乗った、これに間違い無いで有ろう、しかしそれ程儲かる商売ではないが、隣の芝生は誰にでも綺麗に見えるものらしく、半ば強引に押し通してしまった、っと最初は思たがオーナーがフィリピン人(私も良く知っている人物)だと聞いた時、私はこれはおかしい、絶対何か裏が無けれ辻褄(つじつま)が合わなくなる、っと思た。

第一に金銭的な面で、ゴルフショップをオープンする為にはかなりの資金が必要だが、彼にはそれ程の財力が有るとはどうしても思えない、私は彼をよく知っているがそんなまとまった金が良く調達出来たなあっと不思議に思た。
第二に仕入れは彼には不可能だという事、クラブの仕入先は日本が70%、アメリカが20%、そしてその他が10%、彼にはそのどこからも仕入れは出来るとは思えない。

第三に、もっと大きい問題は今の練習場は後1年で閉鎖して場所を移動する事が決まっている、彼が知らない訳も無いのに内装工事位なら納得出来るが、何と練習場の空いたスペースに店舗を新築してしまった、これには驚ろいたし、不思議にも思った。

条件を整理してみると彼に出来るはずもないし、やろうとする人等彼以外で有っても居る訳が無いのである、彼は気でも狂ったのではないか、っと思っていたら、なんとやっぱり裏が有った。
本当のオーナーは日本人だと言う事が解った時、なるほど、日本人がオーナーならば合点がいく。名前だけのオーナーは勿論金銭的には全く負担は無い、全てその日本人が出資してフィリピン人は名義を貸して営業の全権限まで掌握(はあく)できる。

資金は幾らでも出て来る、権限もGMお墨付き、自分の懐(ふところ)は痛まない、こうなったらもう彼の好き放題、何でも出来る、それと日本人は練習場が今年限りで引っ越すのを知らされてないな、とも想像が付いた、じゃなきゃ今更たった一年営業するために新築までするはずが無い。

しかし日本人オーナーは私の店がある事は承知している、幾らフィリピン人でも既にある私の店を隠す事はしない、ビリアモルに来れば解る事であるから当り前である、どうして此処にゴルフショップを出す気に成ったんで有ろう? 軍隊の管理するゴルフコースにショップを出す事は日本人では難しいし、第一コネクションは普通の日本人では誰かを介さなくては作れない、でも新規に店を出すんなら、もっと条件の良い、例えばショップが無い所を探した方が商売として考えるのなら当然である。

誰かに騙(だま)されるかしなければビリアモルなど選ばないはずである、ショップを出すには有る程度まとまった資金を投下しなければならない、おまけに新築建造費用まで投下するほど魅力を感じたのか?感じさせられたのか?しかも今年イッパイでこの練習場は閉鎖になり、新しく違う場所に作り直されて、良くて引越し、悪ければ契約解除である。

私が契約を更新した時、やけにキツイ条件だった、その謎が解けた様な気がする、新しく開店する店舗の横槍(よこやり)で何とか私の店を閉めさせる様に働き掛けたに決まっている、キットあいつらには修理を許可するだろう、兎に角GMはゴルフ場の仁義を全く知らない、もう何でも良くなってしまった、同業種1店舗の原則なんかクソッ食らえの状態に成っている。

目の前にニンジンをぶら下げられた馬は、走りたくなくても走る、もしニンジンを食べたなら馬主の言う事を聞かざるを得ない、何たって新店舗は何でも有り、ゴルフ用品販売から修理までどうどうのゴルフ総合ショップだそうだ。

その年4月にオープンしたニューショップはかなり広い、私のショップの倍は有ろうかと思われる、しかしその広いショップに有る商品は両手の指で数える程で私のショップの10分の1にも満たない貧弱なもの、しかもそのほとんどがミズノとテーラーメイドの委託商品。

これも日本人は全く解らない状態でうまくやられているのではないかと勘繰(かんぐ)りたくなる、手口は色々考えられる、商品代金を先使いして、数合わせに委託商品を引っ張って来る、何て事もやられた日本人が前に居た。
その上商品の値段がバカ高い、多分日本人オーナーは素人だろう、全て彼の言い成りになっている可能性が大である、もう先は見えている様なものだが最後には一波乱(ひとはらん)有るかも知れない、そもそも事のきっかけは全て新GMが赴任して来てからの事。

まだ彼の任期は始まったばかり、何年GMとして此処Villiamorに居るか判らないが、これからも問題が沢山生まれて来る事で有ろう、しかしGM自身が自分が問題の根源(こんげん)だと言う事が解る時は多分こないまま次のGMへと引き継がれていく事だろう、我々プロは早くその時が来ないかと願うばかりである。

フィリピンとは時に自分を殺し、 妥協(だきょう)の苦しみを堪(た)えた状況の中で生きて行かなければ成らない、フィリピンの日々は殆どラッキー、アンラッキーで古い日が暮れそして新しい日が明ける。

そしてフォード・ポート・ボニファシオに入れたエッペ、次の日そのフォードから電話が入った、
『バケットに穴が開いて居るのでケツが下がってしまう、交換しなければ直らない』
『どっち側のバケットに穴があるんだ?』
『ちょっと待って下さい』そう言って2〜3分後、
『右側です』と返事が来た、続けて
『取り替えて良いですか?』
『幾らするんですか?』
『工賃込みで6万ペソ位です』
『それではお願いします』
『部品が来るまで2〜3日掛かります、修理が終わりましたらこちらから連絡いたします』
『解りました』。

今度こそバケットか、これでエアサス関連は総取替えに成った分けか。 そう諦めた私だが、これで悪い所は無くなったんだからもう故障はごめんだ。

最初のケツ落ちからとうとう半年に成ってしまった。

その10 エッペの霊に取り憑かれ?


バクラーランの最終回、写真クリックで拡大。




エッペをポート・ボニファシオのフォードへ修理に出してから1週間程経ったある日の昼前、フォードから電話が入った。
『部品が昨日届きまして、バケットの取替えは終了しましたから、今日でも取りに来て下さい』
『有難う、金額は幾らですか?』
『58,500ペソです』
『小切手は駄目なんでしょうね?』
『キャッシュでお願いします』
『じゃあ、2時頃までには行きますのでお願いします』

修理が終わったと言われても、私には何の感情の変化も起きなかった、新鮮味(しんせんみ)が薄れた性なのか、はたまた本当に修理完了を信じられないでいるのか、今回は以前と違い修理完了の電話を待っていた訳でも無いし、期待もしていなかったのかも知れない。

今日は仕事が4時から有るから私も今から一緒にエッペを取りに行けば丁度良いのだが、生憎(あいにく)な事に、今日午後2時から3時の間に荷物が日本から届く、以前から続々と届いている私の趣味の荷である、しょうがネエからドラに行かせる。

『ドラ、フォードに行ってエッペ取って来い、その前めえに銀行へ行って小切手を現金にしてッから行け』
『やっぱりネ〜!』
『何んでい!その、"やっぱりネ〜!"ってなあ?』
『キャッシュ持って来いって言われたんだ、ネッ!フォードに、そこでアッシア"やっぱりネ〜!"、旦那の小切手は信用ネエってこったナア、と思っての、"やっぱりネ〜"ッス』

『解ったよ!俺の小切手はショッチュウ不渡り出してっからナ!どっこも受け取っちゃくんねえヨ』
『やだなあ、又すねちゃったよ、コンジャ冗談もおちおち言えねえや、だから年あ取りたくねえってもんだナ〜』
『又ブツブツ言ってやがる、オイ!ドラ!、ホラッ、この小切手持ってけ、不渡りの!』
『預かりやした、不渡り小切手』

『そいからな!いいか、ヨック聞け、デエジな事った、今日は全部タクシーで動け、ジープはダメダ、金持ってんだから、ナッ、解るな?、こっからエバスタの銀行へ行くのも、銀行からポート・ボニファシオのフォードへ行くのも、タクシーを使え、解ったか?』
『そんでもって、フォードからここまでもタクシーっスネ!』

『お前めえに漫才付き合ってる暇何んかねえんだよ!早く言って来い!』
『んじゃ、いって来やス』
っと言って送り出したがミスコールさせる事を言い忘れた、下へ降りて行くのもメンドイから、二階の窓から大声で怒鳴った。

『オ〜イ!ドラ〜!何か有ったらミスコールだぞ〜、そいからナ〜!帰えりのタクシーにエッペ乗っけんの忘れんなよ〜!』
急ぎ足で表通りに向っているドラが、こっちを向かずに右手を上げて答えた。
フィリピンの夏の太陽に真上から照らされたドラの影は殆どドラの足元だけに小さな黒い楕円を作っている、ドラの上げた手の影もその楕円の中に納まってしまていた。

ドラがフォードから帰って来たのは後少しで3時になる頃だった、戻って来たエッペの下を覗くと、他の部品と全く似合わない真新しいバケットが、6万ペソの顔してく着いていた。
4時からティーチングが入っている、3時半には家を出なきゃならない、もしドラが遅れたらスペゴンで行く積りだった

日本からの荷物は私の趣味で始めたDVDビデオ関係の機械やら、パソコンやら、ビデオやら、カメラやら、アンプやら、その他ゴチャゴチャやら、である。
プロ・ゴルファーの中には機械イジリとか映画鑑賞とかの趣味を持っている奴は意外と多い。
何十台もパソコンを自作して飾っている喜んでいる変わり者も居る。
自動車のメチャクチャ古いやつを買ってきて(拾ってきて?)何年も掛けて新車の様に蘇(よみがえ)らせたり、オートバイのコレクターや、古いラジオばかり集めて自分で修理して喜んでいる奴もいる。
そのくせ家の中のちょっとした修理にも電気屋を呼ぶ様な変な奴も知っている。

中にはゴルフが趣味なんて言う奴も居るが、そればっかりは信じられない、しかし私もアマチュアに戻って高い金を払ってゴルフをしている時はやっぱりゴルフは本当に楽しいなあと思えた、趣味と言っても良かった、しかし又プロに成って、ゴルフをするだけならただ同然で出来るように成ったとたんに、趣味はDVD観賞や機械いじりに戻って行った。

今年は特にコースへ出る事が無くなり、11月に成った今この時点で2回しかラウンドしていない、こんなのがプロ・ゴルファーか?。
実はもう今年も終わり頃に成った今だから話せるが、それと全く同じ事を去年は誓(ちか)ったのでは無く考えた、しかし今年はチャント誓った、それも正月元旦に誓ったのであるが、それには訳がある。
その時でさえも4ヶ月ぶりの、久しぶりのラウンドを1月元旦にした、そしてラウンドして気が大きくなった勢いで誓った(結局これが今年2回の内の一回である)。

今年はドライビング・レンジで毎日3箱の練習、1週間に一度のラウンドを絶対敢行(ぜったいかんこう)する!、今考えればよくもまあ恥ずかしくも無く、そんな事を誓いに出来た物である、その時はラウンドした直後でも有り、大真面目で恥かしくなかったが、1月の10日にはもう恥かしかった、しかし1月20日にはその恥かしささえも消えてしまった。

そのままズ〜ット今日までダラダラ〜っと続いている。その原因の一部が届き出した日本からの荷物である、もう夢中に成って取り組んだ、昔はこれ以上に夢中に成ってゴルフに取り組んだものだ等と考えながら、楽しくて楽しくてしょうがない、無我夢中(むがむちゅう)!全くこれではしょうがない、解っちゃいるがやっぱり楽しい。

次の日の朝、珍しくドラが二階に上がって来て俺の起きるのを待っていた、
『旦那、あんた誰かに恨み買ってねえですかい?』
『何んだよ、朝っぱらからあ!変な事言うもんじゃねえぞ!俺が恨んでる奴あ五万と居るが、俺を恨んで居る奴何んか居る訳ねえだろうが!』
『じゃあ、エッペの霊(れい)に取り憑(つ)かれてるんだ、コリャ』
『お前めえ、まだ飯食ってねえな?腹の調子でも悪いのか?』
『旦那!驚くなったって無理ちゅうモンだが、エッペのケツ又おっこってる!!』
『何言ってヤンデイ、冗談の積りか?朝から・・・・じゃネエ見てえだな、てっ事たあホントに落ちてんのか?』

どう成ってるんだエッペのケツは、何やっても落ちるのか?っと思いながら庭に出て見ると、いつもの見得れたエッペの姿、
『何だよこれじゃ6万ペソ唯取りされちゃったみてえじゃねえか』

フォードに嘘を付かれた事だけは確かなのが解った、原因はバケットじゃなかった、驚く事にフォードはテストもしていない。
こいつあフォードに乗り込んでヒトクサレ唸(うな)らなきゃ成るまいと覚悟を決めた。

続く・・・・。

約1年間にも渡り、私を悩み続けさせた車の故障、          フィリピン自動車修理工場のダマシやズルの実態を
その故障発見から修理完了までの長い道のりは、          全てさらけ出した貴重な実体験記録、涙と笑いで綴った
常に付きまとうフィリピンならではの大ジレンマと           一大悲喜劇 『エッペのケツ』騒動記 新連載開始しました。
戦い続けなければならない長く苦しいものでした。
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
111
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介
自己紹介