連載手記『エッペのケツ』騒動記五
第一章 エ〜エ!ウッソだ〜!!フィリピン自動車保険会社の醜態
その9 最後の手段で乗り越えた その10 修理完了の連絡は来たが・・・・


今日の新たなチョットだけ登場人物。




その9 最後の手段で乗り越えた

初めて読む方のために・・・車が故障して修理工場に入れたが、修理の終わるのが遅いので私が様子を見に来た所。 『随分日にちが掛かるネエ!』っと私は昨日・・・じゃ無いそん時言ったんでしたね?そして開いた口が塞がらなく成ったそのカクヅラの言葉とは・・・・。

『あんまり急がせない方が良いですよ、急がせるとね、うちの奴らは手抜きするんですよ、全く困ったもんです。』
耳を疑った、そんな事客に言っていいのか?私は自分で考えていた事だが、まさか面と向かってフォードには言えないと思っていた言葉を、まさかフォードが私に向かって言って来るとは、まさか俺の考えを読まれて・・・まさか、まさか・・・・。

これが本当に言った言葉だ、冗談のつもりかも知れないが、冗談でもディーラーがお客様に向かって直接、ストレートに言う言葉じゃあねえだろうが!?それで開いた口が塞がらなくなった。

(ここで皆さん不思議だと気が付きませんか?それとも皆知っているのかな?私は正式には知りません『手抜き』と言うタガログ、勝手に日本語に直したのですが、タガログで彼が言ったのはma dayaでした。一般的には"ずるい"とか"ごまかす""いんちき"とか訳されます。そのままズバリ"手抜き"と言うタガログは有るんでしょうか?)

私は開いた口が塞がって自由に動く様になってから、『四の五の言わずに、いいから俺の車を見せろ!』っと頭ごなしに怒鳴(どな)り付けたい衝動(しょうどう)で手がワナワナと振るえるのを、じっと我慢(がまん)しなければフィリピンでは暮らしていけない、だからストレスは溜まるだけ溜まって、ついには爆発する。

『こんな国なんかに住んで居られっか!もうイヤだ、日本に帰る!』。
ホントに帰っちゃう日本人は結構いるのでは無いかと真実思う、が、又暫(しば)らくするとフィリピンに戻ってくる奴も結構多いのも又真実、ここに住んでる日本人は皆なフィリピン依存症の中毒症状を起こしているのである、いやその病に冒(おか)されていることすら麻痺(まひ)した脳は感じなくなっている、怖い病気だ!って人事だから言える、んんん??人事だよな???。

『どういった状態なのか車を見せて下さい』
っと社交辞令(しゃこうじれい)で言ってはみたが、私にとってはそんな事どうでも良かった、しかし他に適当な言葉が見つからない、まさかいきなり『綺麗なネーチャン紹介しておくんなさい!』っと言うのも・・・・、イヤ、待てよ!?よく考えてみればここはフィリピン、トンチンカンでも無ければ場違いでも無いネ!そう言ってみりゃ良かった!そしたら・・・もしかして・・・。

『二階に有るんですが、一寸待って下さい』っと言ってカクヅラは二階へ上がっていった。
どうも二階が板金塗装の工場らしい、ここフォード・アラバンはかなり大きい、敷地はザッと3,000坪(古いネ!坪だって!)3階建てだったか?もう忘れたが、4階建てだったかも知れない、建物の中とは言わず外とは言わず、文字通り車で埋まっている感じだ。

工場の中、入り口付近に置かれている車は3台縦(たて)にハナとケツがくっ付く様にして並べられ、それが人一人は入れる隙間が無いほどくっつけて、ビッシリ20列程並んでいる、ここだけで3×20は60台あるけど、全部修理の順番待ち?。 一番最初に入れられた車の人生はここで終わったかの様に見える、もしその車を生き返らせようと表に出す事を考えたら・・・でも待てよ?一番最初に修理に持ち込んだ車はいつまで立っても手が着かない事に成る???、いや!考えるのはよそう!とってもとっても難しい問題である。

人の車の事より今は自分の車を心配して要れば良いのである、こう言うのを"おせっかい"っと言うのだろう、・・・・しかしどうやって出すんだろう?気に成るネエ!。
『ドラ、お前めえ考げえてみろ、あの一番て前めえに有る車ナ、右奥に有る赤けえ車だよ!』
『ああ!あの角っこの赤え車、それがどしたんすか?旦那が欲しいんすか?』
『冗談言うねえ!そじゃネエヨ、出すだけだって、てえへんじゃねえか?なあ?』
『ッんな事ねえッすよ、簡単ッすよ』

『ホントかあ?嘘だろお?だってお前めえ、一番端(はし)っこだぞお?』 私はドラに、!"どうやって出すんだろうな?"っと聞いてみる積りだった、しかし出し方がある、それをドラが知っている。
『あれッ!旦那知らねエンすか?』
『ッてやんでえ、知ってらあ、ッんな事ッくれえ!ドラッ!手前めえホントは知らねえな?』
『カマ掛けたってダメっすよ、旦那こそホントは知らねえんじゃねえんですかい?どやって出すんすか?』
『そらお前めえ・・・・ありゃあ・・・・なんだ・・・・』
『何でい!知らねえんじゃねえか!知ったかぶりしやがって!年あ取りたくねえや』
『・・・・・・・・・・』

『あっしゃ見たんすよ、こねえだ来た時』
『何んでえ、見たんか・・・』
『あれねッ!教せえて上げようか?知ったかぶり旦那!、うめえ事考んげえやがったもんだ!ジャッキ有るでしょ?知ってやすか?ジャッキ?車持ちゃげる奴、車の下に突っ込んでポンプみてえにハンドル上下させて・・・・知らねえかなア?』
『お前めえな、俺をおちょくってんのか?』

『知ってらあねえ、誰だって、子供だって知ってらあ、それにネッ、車が付いててネ、モーターまで付いてんすよ、そいつでヒョイット車持ちゃげてバックして、そのまま持ってちゃう、奥の奴つあ、て前めえの2台出して、持ってくってあんべえだ』 "ナルホド〜"と私は感心した、その時まで知らなかった、本当に全部車を自走させて出すものと思っていた。

カクヅラが、若い男を連れて戻って来た、さすが天下の駄作車メーカーフォードだ、社員の格好だけでも見栄を張らなきゃ、車なんぞ売れっこ無いのを自覚している、長袖のユニフォームに安全靴もちゃんとはいている、帽子もこれ見よがしのフォードのロゴ。

ここフォードの直ぐ近くの建築現場にいるアンチャン達はそれぞれ柄の違う半袖、半ズボン、ビーチサンダルがユニフォームだった、それでもツルハシ、ハンマー、スコップを手に手に・・・これで怪我せず仕事が出来るのがとっても不思議だと日本人なら誰でも思う出で立ちだった。

カクヅラが『彼に案内させます、本当は工場内は誰にも見せないのですが、貴方は特別です』
それを聞いた私は 『冗談言うネエ!、昨日ドラが来て車を見て行った、あいつも特別なのか?違う意味ではシッカリ特別なのは違いねえが』、っと言いたかったが、喉元(のどもと)まで来たその言葉を又無理やり腹に戻して我慢(がまん)した。

そして、どっかへ行こうとするカクヅラを、『一寸聞きたい事が有るんだが』、っと呼び止めた、これからが本題だ。
隅(すみ)っこに呼んで『いったい、いつに成ったら修理は終わるんでしょうか?』っと言いながら500ペソ札を3枚そっと握らせた、その時カクズラは
『そんな事されちゃ、困ります、絶対受け取れません、こんな醜(みにく)いカクヅラでも私はキリスト教徒です、神に仕える身です、アーメン!!』

なんて事死んだって言う訳きゃ無ねえし、この国に来て30年間一度だって聞いた事も見た事もねえ!!!。
彼らは熱心に教会に行くが何を祈っていると思う?
『間抜けな日本人が沢山来ますように、そしてワイロがイッパイ入りますように』ってトコだと確信してるのは、絶対私だけではないとも確信している。

返事は聞かずに、そんな事は聞かなくても解ってる、1週間も過ぎれば終わりましたと電話が来るはずだ。
『それじゃあ車を見て来ます』っとカクヅラに言うと、今度はホントに特別な笑顔で特別な見送りをしてくれた。
まだヒヨッコだが背も高く、中々いい男の若いニイチャンとドラと私の3人で2階へ行く階段の下まで来た時、私は言った

『ニイチャン、エッペは何処にあんだ?』
『上の板金工場です』
『そうか、でもなあ、俺あ急に用事を思い出しちゃった、だからエッペを見るのは今度にしよう』
っと言って100ペソ札を小っちゃく丸めた奴をヒヨッコのニイチャンの手に握らせてから、スペゴンの駐車して有るほうへスタスタだ。

元々車を見に来た訳なんかじゃ無い、特別手当を払いに来たんで、払い終わりゃ用事はない、
『旦那、どうしちゃったす?車見ねえんッすかい?』 ドラが俺を追いかけて来てこう言った、
『もう見なくても良いんだ、見たって同じだよ』
『全くハポンは解らねえや!さっきまで車を見るんだ!、文句言ってやる!って言ってたかと思ったら、急に考げえが変わっちまう、難しい人種だね!』

『何一人でブツクサ言ってやんでい?何が難しいって?』
『ハポンは難しい人種だ!って言ったんでゲスっ!!』
『ジョウダンも休み休み言えってんだ、ハポンは難しい?あンナ!お前めえにだきゃあ言われたかあネエよ!!』

しかし考えてみりゃあフィリピンは可哀そうな国だ、どこへ行ってもこんな具合だ、ポリ公もイミグレや市庁の役人も、全てがイッパヒトカラゲで汚職(おしょく)の渦(うず)にドッポリだ、因(ちな)みにこの国の法律ではワイロは禁止されているんだったかナ?許されるんだったかナ・・・・?。

チップを払える奴だけ優遇(ゆうぐう)されて、普通の当り前の奴や、正義感の強い奴、金の無い奴、そしてこのフィリピン・システムを知らない奴らは『置いてけ堀』でワリを食らわされる、理不尽(りふじん)の極(きわ)めだね、フィリピンを漢字で書くとさしずめ"富偉裏貧"か?。

その後一切エッペの事から頭を切り替える事が出来た、それを考えてみりゃア1,500ペソ何んか安いもんだ。
何んで1,500ペソか?ってえと、これにはチャント訳が有る、覚えて置いた方がいい、いつか、イヤ今直ぐに役立つかも知れない、

一寸偉そうなカクヅラ等(ら)クラスではチップの額は100ペソが相場、間違って500ペソも貰っちゃうと大喜び、1,000ペソのチップは年に1回有るか無いかで、まず1,500ペソはもしかしたら最高額に近いかも知れない、だから2,000ペソもやる必要もないし1,000ペソだと最大級の驚きまでは行かないからつまらない、

っと言う訳、チップの額はよく考えてから最高の効果を引き出すように渡すのがコツ、ケチっても駄目だし、多すぎても今度はバカにされるだけ。

さあ幾ら何だってもう大丈夫だろう、・・・っと心(しん)から底っから思いたい。
・・・が、・・・。 ・・・の意味深な点線はなんだ?まだなんか有るって事か?。



その10 修理完了の連絡は来たが・・・・

 それから10日位経った有る日、フォードから『車の修理が終わったので取りに来て下さい、その際、免責分(めんせきぶん)のお金を一緒にお支払い下さい』っと言う電話が有った。
『よ〜し!やった!ざまあ見やがれ!』てんだ。

ネ〜!金の力は凄(すご)い!!チップの威力(いりょく)はバズーカ砲の如(ごと)く一発でエッペを吹っ飛ばすように事を解決してくれる、ホントにエッペをバズーカ砲で吹っ飛ばしてやりてえ!!何て事あこの時は流石(さすが)に思わなかったが、その半年後にはそれが現実と成って自分の身に降り掛かって来る、しかしその時は幸せな事に、そんな事態が来るなんて全く考えてもいなかった。

しかし、今考えてみりゃなんだネエ、その時ホントにエッペをバズーカ砲で吹っ飛ばして置けば、後の苦労は無かったなあ。

安心した所で、一寸だけ!ご存知かどうか解りませんが、チップの金額もフィリピン人と日本人では大きく違う、フィリピン人が渡す20ペソのチップは素直に受け取るが、日本人が出す100ペソではハッキリ不満顔(ふまんがお)を露(あらわ)にする。 例えばゴルフのキャディー、今でこそプレイ・フィーを払う時にキャディー・フィーを一緒に払うゴルフ場が多い、昔はキャディー・フィーなど無かった、全てチップである、どうして今のシステムに変わったかにはチャントした理由が有る、その経緯の話も実にフィリピンらしくて面白いのだが、長くなるのでここでは断腸(だんちょう)の思いを込めつつ割愛(かつあい)する。

プレイが終わった後、今日のキャディーはとても良かったからチップを沢山(たくさん)上げようっと思うのは極当然、勿論逆の場合も有る、だからキャディーはガンバル!。 フィリピン人はその頑張りをトコトンまで勘違(かんちが)いする、プレイヤーはスコアーが良ければ喜ぶ、そりゃそうだ、だから何とかスコアーを良くして上げようと頑張る、"良いアドバイスをする?"、そんな事はしない、っと言うより出来っこない、"一生懸命気を使ってとても親切にする?"もともと怠け者のフィリピン人がそんなに気が利く訳ないし、そんな大変そうな事もしない、もっと簡単で、最大級の効果を上げる直接的な方法を彼らは生み出した。

人間は怠(なま)け者である、この怠け者で有るがゆえに、自動車や汽車を発明し、とうとう飛行機まで発明しちゃった、しかしフィリピン人キャディーの怠け者は全く違う方向に向かった。 っと言っても有るか無いかの知恵をそれこそ振り絞って考えたのなら少しは"偉い、見直した"っと成るのだが、さっき『生み出した』と書いたがこりゃあ間違いで訂正する、実際には『編(あ)み出した』・・・これも違うなあ〜、 『見つけた』、そうだなヤッパリこの辺の言葉に落ち着くな!。

そのフィリピン人キャディーが見つけた事と言うのは通常の理性を持ち合わせたゴルファーなら出来ない事、否、絶対にしては成らない、こんな事だった。

例えばプレイヤー自身が間違いなくOBだとがっかりしていると、いつの間にかボールがフェアー・ウェイに戻って来ている、木がスタイミーになる事など絶対無いし、ロスト・ボールなんか天と地がひっくり返ったって絶対に有る訳きゃ無い、もっと凄(すご)いのは池に落ちて水しぶきが上がったのを全員が確認していても、近くに行くとボールが一人で水から上がってきてヤッパリフェア・ーウェイにチャント座ってる。

プレイが終わって上がってくるとベストス・コアーが出ているって訳である。 どんなヘタクソなプレイヤーでも、どんなゴルフを知らないプレイヤーでも気が付かない訳が無い、ゴルフをする人ならば殆どの人がチョコレートの2〜3枚は賭けてプレイをする、全員が『そんな事〜〜〜?』と気付いていても見て見ぬふりをしている、お互い様なのも知っているから、しかし途中で賭けは中止にする、これはもうゴルフとは言え無い。

しかしそういうプレイヤーばかりではない、上手なプレイヤーほどこれを嫌う、もしキャディが前出のma dayaをしている所を見られ、オフィースに報告されるとそのキャディーは1ヶ月のサスペンデッドとなり、仕事が出来なくなる、キャディーも言ってみれば命懸けどころか命賭けである。 最初は手探りでプレイヤーの様子を見てイケルっと思う確信が無ければやらないが、この見分け方が動物的勘とでも言える程見事である、それが証拠にサスペンデッドを食らったキャディーは殆(ほとん)どいない。

イケネ!!又横道に逸(そ)れてる!!この話も裏がとっても面白いんで中途半端で尻切れトンボなここで止めるのは惜しいんですが、続きは又今度として、『エッペのキズ』に戻ります。

『ヤット!かあ〜、しかし長かったなあ!』と感慨(かんがい)にふけるほどメンドイ作業で有った、それは車がぶつけられてから、後2週間もすれば半年が経ってしまう頃だった。

『ドラ!明日フォードへエッペ受け取りに行ってこい!』
『えっ!もう出来たんすか?まっさか〜!!?』
『出来たんだよ、終わったんだよ、俺に任せておけばこんなもんだ、解ったか俺のスゲエ所が!』
『こりゃあ、恐れ入り屋の鬼子母神だ!』 (途中からお読みの方にお断り・・・このセリフを話している人間らしきモノはビサヤ生まれのフィリピン人、私の運転手です、今後もお忘れなき様) フォードからの連絡を待っていた10日間の事は割愛(かつあい)させて頂きます、横道に逸(そ)れた分、ここで補(おぎな)います、どうせこの間は面白い事はさほど起きませんでしたから。

所が!だ、ここでハッピーエンドでは腑(ふ)に落ちない人が出て来る、記憶力の良い方なら覚えているだろう!、じゃ!覚えてないのは何なんだ???等と余り詮索(せんさく)しない方が皆幸せ。 前に書いた様に車が出てクルマで(二番煎(せん)じ)、6ヶ月掛かった事は既(すで)に種明かししてある、それじゃ2週間縮まった?comecomeの努力が実った?んな訳ありゃアしない!、そうっ!!最後にもう一山、イヤ!正確には一山半来るって事!一山半!。

『なんだア!まだ終わんないのかヨ!いい加減に終わらせろヨ!わざとやってんじゃないの?comecome!』っとご不満も御有りでしょうが。 私の異常なまでの潔癖(けっぺき)さが事実を曲げる事を許しません、忘れちゃならネエこかあフィリピン、気を長く持ってジックリ落ち着いて物事を見ないと、ドッかにオッコッチャウ。

これをお読み頂いている皆様はまだ幸せ!抜き刺し成らねえドツボはまりの真っ最中のこの私が、涙ながらに書いている回顧録(かいころく)です(今お読みの紙面の黄色いシミは私の涙の跡です)、出来るものなら早く終わらせて『エッペのケツ』に戻りたい、(こっちの話こそホントの涙ながらだが・・・)

お願い致します、
あと暫らくのご辛抱(しんぼう)です、もう一寸お付き合いを・・・。

続く・・・。
写真は今日新たに登場したビリアモルのキャディー連中、特別出演の為フルカラー顔写真掲載。


約1年間にも渡り、私を悩み続けさせた車の故障、          フィリピン自動車修理工場のダマシやズルの実態を
その故障発見から修理完了までの長い道のりは、          全てさらけ出した貴重な実体験記録、涙と笑いで綴った
常に付きまとうフィリピンならではの大ジレンマと           一大悲喜劇 『エッペのケツ』騒動記 新連載開始しました。
戦い続けなければならない長く苦しいものでした。
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