生涯最初で最後のクラチャン挑戦記 3
第三章 終盤戦
           = 9、絶妙のロブショット =

インパクトの感触から間違いなくグリーンオーバーする事が分かりました。
あの当たりではグリーン上落ちても止まりません、スピンが殆ど
掛かっていないからです。
相手のショットを見ずに歩き出しました、多分最悪のボールポジション
と成っているはずです、ピンまで上り4mを残した彼のグリーン上の
ボールの左横を抜けて、自分のボールを見た時「参った!」っと思わず
漏らしました。

私のボールの止まった位置、それはグリーン奥3mにこぼれ、しかも
グリーンエッジからピンまで3,5m位しか有りません。
下りの速いラインで寒気がするようなアプローチが待っていました、
グリーンまでの低い小さな上りがショットの選択肢を狭めています、
普通にやわらかいボールでカラーに落したとしてもピンを2m以上
オーバーしてしまいます。
そうかと言ってグリーンエッジに届かないと上りの途中に落ちてしまい
グリーンにも乗りません。

わずかに考えられる選択肢は3つ、
転がしでグリーンに上げ後は惰性でピンまで転がす、
低いスピンボールでカラーに落としやはり後は惰性に任せでピンまで転がす、
そして残るもう1つはロブショットです、ピンの根元手前にスピンの
効いた高いボールを落しその場に止める。

カップインを狙えるようなシチュエーションでは有りませんが、こんな
場面は何度も経験しています。
私はライの状況から見て1番計算の出来るロブショットを選びました、
グリーンに置くだけならば転がしも考えられますが、相手は悪くて
パーの状況です、惰性の転がりに頼っている場合では有りません、
ここは絶対OKの位置まで寄せて相手にプレッシャーを掛けなければ
成らない場面です。

相手に楽なバーディーパットを打たせる様ではそこで勝負が着きかねません。
このパットを決められたら残りは1ホールしかないのです、絶対的に
不利な立場に追い込まれてしまいます。

ただ深いトップが出来ないのとフィニッシュがつらい、私は
フィニッシュだけは我慢して取る事に決めました、ロブショットを打つ
ためには高いフィニッシュが不可欠です、
収まる場所がしっかり決まらないと途中のスウィング軌道も定りません。

注意する事は手首を柔らかくしてヘッドを思いっきり走らせる事です、
トップからは躊躇(ちゅうちょ)せずに一気にフィニッシュまで振り抜きます。
このショットには今までに無く時間を掛けました、集中力の高まりを
待つためです、
もう周りの物は何も見えません、

見るのは一点、ピン手前50cmです、何度も何度も素振りをしている
内にフィーリングが出て来ました、アドレスに入った時コンセントレーションは
最高な状態となっていました。

フィニッシュで激痛を残してほぼ真上に抜けていったボールは、
その代わりに素晴らしい手応えも残していってくれました。
計算通りカップ50cm程手前に落ちて止まると思ったボールはそれでも
下りの速さに適わず、あわやカップインのピン5cm手前で止まり、
コンシードされました。
大きなため息と共に満足感を味わいながら私はボールをピックアップしました。

後は彼のバーディーパットを見定めるだけです、上りとは言え真っ直ぐ
には打てないライン、私は半カップ左に強めと見ました、このパットが
入れば残す18番を1ダウンで向かえなければ成りません。
           = 10、究極のエクスタシー =

今の彼の調子から見るとボギーを打つ事は考えられませんから、私は
バーディーを取りに行かなければ成らない事になります、距離は短い
のですが、予選の時9アイアンをダフって池に落してしまったホールです。
しかしどんなに短いホールでもバーディーを狙って取る事など出来ません、
そうかと言って彼が100%パーを取れる訳でも有りません、何れにしろ
全力を尽くすまでです。

彼とてその位の事は分かっています、だからこそ後悔の無いように
ラインを真剣に読んでいるのです、しかし前のホールで10m以上の下り
の早いラインを打った後、このきつい上りが打ち切れるかどうかです。
彼がやっと見極めを付けてアドレスに入りました、それを見た瞬間私は
「これは入る!!。」っと直感しました。

パットだけでなくショットに置いてもアドレスを見ただけで良い結果が
出るかどうかが分かるものです。
誰が見ても安定した、安心感を醸(かも)し出すアドレスは素晴らしい
結果を予告するものです。
ところが次の瞬間、彼のインパクトを見た私はとっさに「弱い!!。」
っと思いました、これでは届かないと思ったのです、やはり打ち切れなかった。

彼のパットは綺麗なスライスラインを描いてカップに寄っては行きますが、
スピードが足りません、カップの直前で勢いは急に弱まり止まってしまうっ、
と思って見ていると、何と彼のボールには後一転がりが有りました、
カップの淵で止まろうと踏ん張っているように見えたボールがその頑張り
を諦めた時まるでスローモーションを見るようにゆっくりとカップの
底に向かって身を沈めて行きました。
これこそねじ込んだと言える、執念が乗り移った最後の一転がりのパットです。

私は思わず「上手い。」っと声を出し拍手をして賞賛しました、
極限のプレッシャーの掛かった中でのパットはショットよりも苦しく
難しいものです、極限状態の4mのパットはとてつもなく遠く感じます、
プレッシャーの掛からない10mのパットより難しい事は有る程度ゴルフ
の経験のある人なら誰でも知っています。

ここ一番のパットが与えてくれる猛烈で凄まじい身の凍り付く様な
プレッシャーは、ゴルフの神様からゴルファーへくださる何物にも
変えがたい最高の贈り物。
全てのゴルファーはそれを賜りたいがためにゴルフをしているのです、
これこそ全てのゴルファーの追い求める究極のエクスタシー、
多くのゴルファーがその贈り物を受けそこね、涙を呑んで苦汁を味わい
次に必ず来るチャンスの糧として力に変えて、その贈り物を追い求め続けます。

その贈り物を彼は見事に受け取ったのです、全てのゴルファーは彼を
心から賞賛せずにはいられない筈です。この8番ホールはゴルフ最大の
醍醐味、究極のエクスタシーを二人は経験する事が出来た
生涯忘れられないホールと成りました。

さあ!!とうとう最終ホールです、私が獲ってエクストラホールに持ち
込める事が出来るか、
それとも彼が踏ん張って逃げ切るかです。
             = 11、決着はいかに・・・。 =

打ち下ろしの9番ホール、230y先の正面には大きな池、狙って打てる
程の技術が有ったら、日本オープン優勝も夢ではないほどの空間が池の
左に開いています。
彼の3ウッドのティーショットはややスライスしながらもフェアウェイ
右一杯に残りました、彼はこの3ホール強烈なプレッシャーの掛かった
まま頑張って私から見ても最高のプレイをしています、流石シニア
チャンプは伊達では有りません。

私も同じがんばって3ウッドでこれはフェアウェイど真ん中、絶好のポジ
ションですが問題はセカンドショットです、グリーンまで続く池の直ぐ向こう
側にピンが切って有り、バーディーの一番取り辛いピンポジションです、

私はもう1度我慢してフィニッシュを取らなければ成らなくなりました、
ピッチングで残り130y打てばピンと池の間のグリーン上に落ち、その
まま止まっても2〜3mの上りのパットが残ります。
上りのラインに落せば良いのです、ピッチングで打てるのならば、今の
私でも止める自身は有ります。

そんなに高いフィニッシュはいりませんが、パンチショットでは高さが
物足りません、覚悟を決めて、ここは1番頑張って行こうと思っていた時、
彼がセカンドショットをこの場合最も安全なグリーンセンターにボールを
運んできました、少し下りのほぼストレート、距離は5m強、この場面では
セオリー通りのナイスショットです、そして彼に覆い被さっていたプレッ
シャーと言う怪物が去って行ったショットでも有りました。

さあ!これが決まらなければ終わりだ、ライも悪く有りません、注意する
事はトップを高くしない事、少し高いトップをするとズキンっと来ます、この
痛みがスウィングを狂わすのです、フィニッシュはインパクト後ですから
最後の我慢すればそれで済みます。

しかしそのショットは私のインパクトの感触とは余りにもかけ離れた方向に
ボールを持って行きました、その時も、いや、今でもどうしてあんなボール
が出たのか全く分かりません、スウィングは完璧でした、フィニッシュも我慢
出来ました、インパクトの感触は真芯です、それなのに私のボールは大きく
引っ掛かりグリーン左ぎりぎりにオンです、ミスショットの感覚も無くこの大会
でこれほど酷いボールを打った覚えは有りません。
失うものの無くなった私にはプレッシャーなどと言う上等なものなど有るわけ
が無いのですが・・・。

ピンまで8mのスライスライン、私は初代チャンピオンに失礼のない様に、
ラインを精一杯読んで精一杯のパットした後、そのボールが外れ、彼の
ファーストパットが30cmによったのを見て彼に近寄り「有難う御座いました、
おめでとう御座います。」っと言って彼の手を強く握りました、彼は深々と頭
を下げ「こちらこそ有難う御座いました。」っと、私の手を強く握り返しながら
言いました。

結局2ダウンで優勝を逃した瞬間、悔しい気持ちより、良くここまで頑張った
なあ〜、っと自分でも感心しました、それと同時にやっと終わったと言う開放
感で一杯でした。
普段ですと直ぐキレて諦めの早い性質(たち)の私が、最後まで一生懸命
自分としては久しぶりの充実したラウンドが出来ました。

それにしてもシニアチャンプ氏、素晴らしいプレイヤーです、サイプレスCCの
初代チャンピオンは、レギュラー、シニア共彼がその座を獲得してしまい
ました。
彼の最終3ホールは見事としか言い様が無いほどパーフェクトなプレイをしま
した、気力も充実していたはずです、もし私が手負いでなくとも今の彼に勝つ
のは大変だろうと思ったのが素直な気持ちです。

あの8番ホールでバーディーを決められた瞬間、私が当時の自分自身の
心の中を推測するのはおかしな話ですが、勝負の結果を既に受け入れて
いたのではないかと思います。
数知れないゲームを経験すれば勝負所は自然と分かるものです、
だからこそ彼に対しても素直な気持ちに成れたのだとも思いました。

後日、大会終了後のパーティーで初代チャンピオンの引き立て役として、
彼と並んで撮った記念写真が会報に載ったのを見た時、改めて激しい
悔しさがこみ上げて来たのを忘れる事が出来ません。

私はこの大会を通じて、頭にではなく、心の底深い所に刻まれた事が
4つ有ります。

ゴルフをナメルな!もっと謙虚になれ。
どんな逆境の時でも諦めるな!ゴルフのみならず。
本当に私のゴルフは下手糞だ!もっと、もっと、もっと勉強しろ。
そしてもう1つ、いつかゴルフの神様も私に贈り物をくれる時が来る
はずだ。っと言う事でした。

しかし駄目ですネ〜、あの時あんなに反省したのに今でも同じ事を繰り
返しています、のど元を過ぎて胃どころか、もしかしたら、もうとっく
に表に出ちゃったのかも知れません。

大会後私がゴルフクラブを握れるようになったのはそれから3ヶ月も
後の事でした。
           = 8、ラスト3ホールの戦い =

7番ホールは短いパー3、ピンの位置はフェアーウェイ真ん中を100Yも
グリーンまで続く縦に長いバンカーが切れたその直ぐ先、このグリーン
で1番難しいピンポジションです、7アイアンの私のショットはその
グリーンエッジに落ち、5m程転がって止まりました。
いつもですと高いボールで攻めるのですがフィニッシュの取れない私
には精一杯のナイスショットです。

ピンまで上りの2m、絶好のバーディーチャンス、彼はアイアンの番手
を選択ミスしてピン奥10mの位置、しかも下りの難しい最悪のラインです。
私はその時「しめた」っと思いました、ここで一つ取れれば残り2ホール
これなら勝てる、そう思ったのです。
2パットで行ければ上出来、3パットが出てもおかしくないそのライン
を何と彼は放り込んでしまいました、事態は一瞬にして逆転してしまい
ました。

残りは後2ホールしか有りません、ここでの1ダウンはかなり重たいもの
が有ります、何とかこの2mをいれ返して勝負を次のホールへ持って
行かないと、俄然不利になります。
この辺がマッチプレーの面白いところで、さっきまで断然有利と思って
いた次の瞬間ピンチがやって来ます。

ほんの少しフックラインに見える上りの2mを私は強めのストレートに
打ちました、
もともとショートゲーム、特にパッティングには自信が有ります、
この大会でも3パットはここまでたったの1回、その1回も15mも
有ろうかと言うファーストパットを2,5mオーバーした返しが入らな
かっただけです。
ボールはカップのど真ん中から勢い良く飛び込みました。

8番ホール、距離はないものの、左右が狭く、右は山でここへ入ったら
ボールは出てこない所かロストボールの確立も高く、右へ入れることは
厳禁です。
左は深い林、ここへ入れると2オンは諦めなければ成りません、巧みに
入り組んだ木々はレイアップさえ簡単ではない場合が有ります。
フェアーウェイの右から左にセンターをほぼガードするように大きな
バンカーが横たわっています、このバンカーの手前までが180y、超える
のには220yのキャリーが必要です。

私は勿論バンカー越えは諦めて5アイアンで刻みですが、彼はここで
勝負に出て来ました。
当然と言えば当然です、彼はとっくに私の異変に気付いています、
ここでアドバンテージが取れないとチャンスは薄くなる事は分かって
います。

彼のドライバーから「今日一」のショットが飛び出し、見事にバンカー
を超えフェアーウェイど真ん中、流石シニアチャンピオン、勝負強い
所を見せ付けられました。
私のセカンドはグリーンまで150yですが、実はこのホールのグリーンは
サイプレスCC最長グリーンなのです、

横幅は15yそこそこですが、縦は50y近い超ロンググリーン、そして
その時のピンポジションは一番奥に切って有りました。
私は180y以上打たなければならない訳です、それに比べて相手はピン
まで120yそこそこです、
私はクラブ選択に迷いました、いつもより2クラブは飛ばないとすると
距離的には4番アイアンです。

しかし左右が狭いグリーンで今の変則打法では4番アイアンを打ち切れ
る自信が有りません、そこで一番自信の持てる5ウッドを握りました、
短く持ってフォローをしっかり出せば高さもでます、ずーっとボール
を一つ分右に寄せて打っていたのをこの時は正規な位置に戻しました、
ウッドならば例え少々手前に入っても滑って行ってくれるからです、
それと高さが欲しかった、高さが出ないとグリーンで止まりません。

歯を食いしばってのスウィングです、少し薄めに当たったインパクトの
感触を残したままピン方向へ真っ直ぐ飛んでいきましたが、
その瞬間私はこのショットの結果を諦めていました。
NO 7 ホールをティーグラウンド方向から見る
NO 7 ホールをティーグラウンドから見る
                 = 後書き =

最後までご笑読頂き有難う御座いました。

如何で御座いましたでしょう、恥を偲んで書いた私のクラチャン失敗談、
お読み頂いた皆様のご期待を裏切った結末で、真に申し訳有りませんが
これが現実で御座いました、いやっ!もしかしたらご期待通りだったか
も知れませんネ。

今から20年以上前の話で少々カビが生えている感は否めない事実で
御座います。
当時はこの話をする事は避けて通っておりました、負けた事だけの
恥ずかしさで人に話す事など考えても見ませんでした。
今少し年を重ねた私は素直にお話しする事が出来るように成りました。

決してクラチャンが取れなかった言い訳を、「じつは怪我をしたため
だった。」等と言いたい為に書いた訳では御座いませんが、貧弱な
文章力故ヤッパリ言い訳がましい字並びに成ってしまいました。

事実私自身がクラチャンに挑戦して破れた原因は決して怪我の為だった
のでは無いと感じられるように成ったのは大会後10年も経って当時より
少し大人に成ってからでした。
本文では最終3ホールだけがハイライトされていますが、そこまで行く
途中にいくらでも勝つチャンスは有ったと思います、しかし心と技の
修練不足による敗北だった事に心から気が付くためにはもっともっと
人生経験をつまなければ成らなかったようです。

ゴルフの楽しさと、怖さ、厳しさ、そして取って置きの素晴らしさが、
ちょっぴりでもこの文章から感じて頂ければ私のお伝えしたい事が
お分かりになって頂けたと言う事に成ります、
それだけで恥を描いた甲斐が有ると言うもので、私は十分幸せで
御座います。

一言お詫びとお願い
ここに記されている全てはノンフィクションです、脚色は一切有りません、
しかし、唯一つ気掛かりな事が御座います、余りにも遠い思い出のため、
最終の3ホールを除いて、途中の出来事が何番ホールだったかはっきり
とした自信が持てないのです。
その当時のサイプレスCCの会報をお持ちの方がおりましたら是非
お知らせ頂きたく御願い申し上げます。

記 2007年5月
NO 16 ホールグリーンから見る
NO 16 ホールグリーンから見る
NO 16 ホールティーグラウンドから見る
NO 17 フェアーウェイ
NO 17 フェアーウェイ
NO 6 フェアーウェイ
NO 6 グリーン方向から見る
NO 8 ホールをティーグラウンドから見る
NO 9 ホールをティーグラウンドから見る
NO 9 ホールグリーンをセカンド地点から見る
NO 9 ホールをグリーン方向から見る