生涯最初で最後のクラチャン挑戦記
第二章 中盤戦
             = 6、爆弾を抱えて =
 
鎮痛剤はどうしても見つかりません、焦りが走ります、あの痛みが頭の
中に蘇って来ます、恐怖さえ感じて来ました。
たしかロッカーの中に入れたはずだったのですが、その記憶も確かでは
有りません、とうとう頼みの綱が切れてしまいました。

時間は有りません、急いで事務所に行き鎮痛剤が無いか聞いてみました、
まあ、有った所でその辺の市販の鎮痛剤では気休めにも成らないかも
知れませんが無いよりましです、しかしそれも今日に限って切らして
いるとの事でした。
後15分後にはスタートです、もう1度ロッカー内を探しましたがヤッパリ
有りません、小さい物です、もっと注意すれば良かったものをなんて
だらしが無いんでしょう。

今はまだ薬は利いている様です、が切れるのは時間の問題です、その時
どう対処するかが問題です、はたして何番ホールまで持つ事やら全く
見当が付きませんが出来るだけ長く薬が効いていてくれるのを祈る以外
に方法はなさそうです、こうなれば出来るだけ早く決着を付けて時間を
掛けない試合をするしかないと、覚悟を決めて1番ティーに向かいました。

相手のシニアチャンピオン氏は先に来ていて私を待っていました。
『とうとうここまで来ましたね、私はもう満足です、よろしく御願いしす。』
彼は礼儀正しく一礼して握手を求めてきました。
『こちらこそ。』と一言だけ言って彼の手を取りました。
時計を見ると12時、薬を飲んで既に5時間半が経っています、素振りを
すると気の性か違和感が走ります。

1番、2番、3番とお互いにパーでマッチイーブン。
4番のティーショットの時、痛い程ではないですが明らかにさっき迄とは
違う感覚が出て来ました、気持ちの中でこの大会初めて焦りが走りました。

最初に私の異変に気付いたのはキャディーでした、予選からずーと一緒
ですセカンドの残り距離やライの状態からクラブの選択も分かってきた様
でなかなかうまく行っておりました、彼女がしきりに私の顔色を伺ってい
います仕方が無いので彼女にだけそっと話したのも、もしかしたら間違い
だったかも知れません、彼女まで動揺してしまっているようです。

一方相手の彼は殆ど勝ちは諦め気楽にゲームをしています。
私の思惑道理には行かずとうとう5番ホールまでマッチイーブンで来てしま
いました。
いつ爆発するかも知れない背中の痛みが気に成りその焦りがスウィングを
少しずつ狂わしています。

5番のセカンドショットで恐れていた痛みが走りました、とうとう薬が切れて来
ました、今は我慢出来ない程の痛みでは有りませんが27ホールは持つはず
が有りません。
前半9ホールを終わってやはりマッチイーブン、何とか一つはリードするのです
が、私のボギーで追いつかれてしまいます。

中半は痛みとの戦いに成るであろうと考えながら10番ティーショットでドライバ
ーをトップまで捻り上げた時今までの鈍痛がはっきり痛みとして感じ、思わず
スウィングが止まってしまいました。
いよいよ始まりです、ここでギブアップも有りましたが、当時の私は全く考えて
いませんでした。

私はドライバーを諦め2アイアンに持ち替えました、トップとフィニッシュで痛み
が走りますが、低いトップからフォローではそれほど痛さも感じ無いのです、
これからは全てパンチショットで行く事にしました、ドライバーでも良いのですが
左右のコントロールを考えるとアイアンのほうが安全です、低く出してランで距離
を稼げば何とかなります、しかもそんなに距離の有るコースでは有りません。

セカンドショットはいつもより2〜3番手大きいアイアンを持つ事になるでしょうが、
それだけの事です。
ところがそれがそんなに簡単な事では無い事が分かる時が来るとは思っても
いませんでした。
           = 7、爆弾が破裂した =

今まで経験をした事の無い長い長い18ホールが始まりました、今まで
培った全てのテクニックでこの痛みをカバーしなければならなりません、
幸いフォローは取れる、これなら何とか痛みを誤魔化せるかも知れない。
14番ティー、相変わらずマッチイーブン、シニアチャンプ氏はもうとっくに
私の異変に気が付いています、さっきの彼とは一変してハッキリ私に向
かって来ています。

打ち上げのホールは2アイアンのパンチショットでは距離が稼げません、
その分セカンドは長いアイアンを持つ事になります。
5番アイアンで打ったセカンドショットで考えてもいなかった事が起こりました
やや左足上がりのライでダフリ気味にクラブが入った時、頭のてっぺん
まで痛みが突き上げました。
セミシャンクに打たれたボールはOBゾーンに消えて行きました、この大会
初めてのOBです、彼のショットがピン横5mに乗った時私はこの試合始め
てのギブアップを宣言しました。

今までこの大会相手に1度もリードを許さなかった私がついに1ダウンと成り
このホールで私は初めてのOB、初めてのギブアップ、初めての1ダウンを
いっぺんに経験する事と成ったのです。
それよりもこれからのアイアンショットが問題です、今のショックでインパクト
の瞬間にダフリを恐れた体が変な反応を起せばもうゴルフで無くなります、
かと言ってあの痛みは半端じゃありません。
この次にあの痛みが来たならば戦意まで喪失しかねません。

次のホールのティーショットで私はボール1個分右に寄せたアドレスを取り
ました、必然的にクラブはインサイドアウトに振られますからフックが出や
すくなります。
フェードが持ち玉の私には打ちづらいのですが、このスウィングならば
ダフリは防げます。
これからはドローで打つしか有りません、とは言えその後の私のスウィング
が変わったのは言うまでも有りません、ダフリが怖くなりショットに迷いが出
て来てスムーズにフォローまで持って行けないのです。

不思議なもので相手も今までとは違い勝ちを意識しだしてから乱れ始め
ました、お互いにボギーが出るようになりパーを取れば勝ちの状況が続き
18番ティーに来た時には今度は逆に私の1アップでした。

パー5の18番ホールはドライバーで良いボールを打てば落下地点から下り
坂となり、池越えのセカンドは残り220Y位、ライによっては2アイアンか
3アイアンでもグリーンを狙えます、その日の私は勿論刻みです。
池の手前からサンドウェッジで確実にパーを狙うしか方法が有りません、
思い通りにピンに絡めばバーディーも有ります。

彼は勝負に出て来ました、残り下りの230Yを3ウッドで見事に2オン、
イーグルチャンスです。
あっさりとこのホールは取られて又マッチイーブン、とうとう最後の9ホール
へと進みます。

変則打法に慣れて来た私と、猛然とチャージして来る彼のそれからはなか
なか素晴らしいゲームをしました。
お互いにパーでは勝てない状況が続き、とうとうラスト3ホールと成った所
でもマッチイーブンのままです。

まさかこんなゲームになろうとは私は元より相手のシニアチャンプ氏も思っ
ても見なかった事でしょう、お互いに1度も2アップした事は有りません、
スコアー的にはガッチリ四つに組んだ素晴らしいゲームで二人の心理状態
はどうあれ、誰の目から見ても、決勝戦には相応しい戦いに見えたはずです
そしていよいよ決着を付けるラスト3ホールがやってきました。
            = 4、手負いの体で挑んだ見たが・・・。 =

当日医者に言われた様に朝3時に病院へ行くと、もう医者は起きて待って
いてくれました。
沈痛な面持ちの私に向かって医者が言う事は『この薬は強い鎮痛剤、
10〜20分で利き始めるから、コースに着いてから飲むように、但し効き
目は長く続かないからもし2ゲーム目もするのだったらその直前にもう
1錠飲むように。』っと目の前に出された物は、今の私の痛みの割には
何とも頼りない小さな小さな錠剤が2つ、別々のビニール袋に入れられ
て準備されていました。

そしてしっかりと患部をテーピングをしてもらいながら医者はこんな事
も言っていました、『医者の立場ならこの体でゴルフを続ける様な真似
はさせられないが、貴方の気持ちは良く解る、しかしこのまま今日
ゴルフをすれば怪我の状態は間違いなく悪化する。
今日、何時でも良いから帰って来たら直ぐに私の所へ来る様に、ギブス
の覚悟もしておいた方が良い。』

私は何てついていないんだろう、よりによってクラチャンの初挑戦、
しかも決勝戦の日に、まあ!やるだけやって玉砕してくるか!!思いを
断ち切るように意を決してコースへ向かったのでした。

長い間ゴルフをして来て幾度かは同じ様な怪我の経験はして来ました
が、そのままゴルフを続ける様な無謀な事をした事など未だ嘗て1度も
有りません、もし無理して続ければそれこそ取り返えしの付かない事に
成り長期に渡りクラブを握れなくなってしまいます、直ぐに止めたと
しても肋骨にヒビでも入ったら、2〜3週間はクラブを振る事など全く
出来ず、元に戻るには一ヶ月は優に掛かってしまいます。

それにしてもこの小さな薬、こんなに小さくて本当にこの痛みがとれ
フルショットが出来るのであろうか?、私にはどうしても信じられ
ませんでしたが頼りは唯一これだけと、その時点ではこの小さな薬の
効き目がどれほど凄い物かを分かり様も有りませんでした。

コースに着いて先ず薬を飲む、パッティンググリーンで今日のグリーン
の速さを計測し、アプローチショットでインパクトの感触を確かめて
から、恐々、最初は軽くスウィングしてみると、何と不思議全く痛みを
感じないでは有りませんか。
ただ少しテーピングが体を拘束してスウィングが窮屈なだけだ。
しかし贅沢は言っていられる場合では有りません、今度は少し強めに、
そしてフルショット、大丈夫!!こならいける!!。

あんな小さな豆粒程の薬1粒がこんなに凄い力を持っているとは考え
られないより、その時は信じる事さえ出来ませんでした、もしかしたら
骨折などしてなくて何かの拍子に治ってしまったんだろう、とさえ思い
たくなる様な効き目です。

医学の力は素晴らしい、っと思いつつも反面この鎮痛剤が傷を深くする
原因でも有る事を考えると喜んでばかりはいられないのです、大会終了
後はしばらくゴルフはお休みに成る事でしょう、
不詳のゴルフ馬鹿の私は仕事に影響が及ぶ事など、これっぽっちも考え
に浮かんで着ませんでした。

確かその当時ドライビングレンジは有ったと思いますが私はショットの
練習は敢えてしませんでした。
怖いのも有りましたが、出来るだけフルスウィングする事を控え、
傷に負担をかけないようにと考えたからです、痛くないのは薬のお陰で
治った訳では有りません、これが最後のゴルフでは有るまいし、今の傷
を深手にして直るのを遅くしたくなかったからです。

しかも決勝戦は2試合目、準決勝の相手は分かっています、HC8の
彼とは何度か一緒にラウンドした事が有ります、多分彼は今日の試合を
もう諦めているはずでありましょう、それほど当時の実力差は歴然とし
ていました。

但し、相手には私が手負いである事を悟らせてはいけません、心理的に
楽にしてはいけないのです。
        = 5、準決勝は3ホール目で勝負が着いた。 =

1番ティーショット、私がオナーと成りました。
兎に角ボールはどこへ行っても良い、このショットだけはいつもの
フルショットをする、私がいつもの私である事を証明する、後は傷と
相談しながら行けば良い、負ける相手では無いのです。
しかしテーピングが私の体の動きを束縛していて思うようなスウィング
が出来ません、特にフィニッシュは取り辛く、今日はフィニッシュに
気を使ってプレイする事と成ります。

私の意図しない、軽くドローが掛かったボールがフェアーウェーセンター
約250Y地点に落下しました、やはり傷を気にして自分のスウィングが
出来ていません、ほんのわずかなスウィングの躊躇(ちゅうちょ)で
持ち玉のフェードをコントロール出来ません、しかし痛さは殆ど感じ
られないので安心しました。

相手の彼は最初から私に飲まれていました、腕は縮まりボギーを連発
します、早くも3番ホールで勝負を決定付けるチャンスが来ました、
右ドッグレッグの距離の無いパー4、左は小高い山に成っているがロスト
ボールに成る程ではない一寸深いラフ、右はOBではないものの急な
崖になっていて、その下は池、こちらは絶対に打ってはいけない。

ドライバーで左の山すそを狙い、フェードで戻すつもりの私の
ティーショットは、引っ掛かり気味に山の中腹に向かって飛んで行き
ます、なんとかフェードにコントロールされたボールは山下のラフ、
セカンド地点からはグリーンが全く見えません、少し急な上りの150y
が残りました。

相手はフェアーウェイセンター、絶好のポジションです、私は山の上
まで上りターゲットを探しましたがラフばかりの山すそにはターゲット
に出来るような目標は有りません、遠くの山にターゲットを移し
6アイアンで山の中腹ほどに有るターゲットをを狙って打ちました。

手ごたえは良かったのですが、グリーの近くに行って見ますと、左の
バンカーにボールが有ります、ピンまで5mの浅いバンカーからの
ショット、彼は6mに2オンしていました。
私に付いて5試合目となるキャディーは私自身よりも私のゴルフに自信
を持っている様です、ライは良い、キャディーと相談して私は入れに
行きました。

これを入れればこの試合は楽に勝てると思ったからです、
何しろ早く終わらせたい一心ですが焦っていたわけでは有りません。
グリーンを読んでいる私を見て少し不思議そうな彼、HC8位の実力
では試合の展開を読むどころか、バンカーから真剣にカップインを狙う
事など考えもしないでありましょう。

軽いスライスラインはフェードが持ち玉の私にはストレートラインより
打ち易い絶好のラインです、完璧に近いショット、当然のようにボール
はカップ左から綺麗に吸い込まれるように入って行きました。
それを見た彼は6mのパットを2mもオーバーしてしまいました。
試合はここで終わったのです、たった3ホール進んだ地点でです、

勝負事は闘争心が無くなったらそこで負けを認めたのと同じです。
その後彼は諦めて全くの消化ラウンド、サイプレスCC名物ホール、
池を右から回りこむレイアウトのパー5の12番ホールで決着がつき
結局8&6で大差の勝利です。

決勝の相手はやはり初代シニアチャンプ氏でした、もし私が負ければ
初代クラチャンまでも制する大快挙です。

27ホールの短期決戦はどちらに有利か?、
(今考えますと最終ホールが9番ホール、まさか決勝戦が10番から
スタートするはずも無いですし、そうすると27ホールの決勝戦と言う
事になりますが私は18ホールだったと記憶違いしていた様です、
当時の会報が有ればはっきりするのですが今と成っては私の手元にも
有りません)

レギュラーチャンピオンまでゆるす訳には行かない、っと私が気負い
緊張するだろうと思うと、あにはからんや全くそんなものは有りま
せん、元プロのプライドと自信、此処までの戦い方から見ても負ける気
は全く有りません、今なら誰が相手でも勝てるような気がします、

ここまで46ホール中ボギーは4つだけです、3パットは1度も有り
ません。トータル参考スコアーは8アンダーか9アンダーのはずです、
それに引き換えシニアチャンプ氏は結構苦戦もしてきてそれでもここ
まで勝ち上がって来ました。

クラブハウスの予想もシニアチャンプ氏がどこまで善戦するかと言う
事が大半の話です、丁度そんな時ロッカールームで私は極端なパニック
状態に陥っていた事など誰も知らなかった事でしょう、
命綱のもう1錠の鎮痛剤がどこを探しても無いのです。
NO 10 ホールグリーンから見る
NO 11 ホールグリーンから見る
NO 2 ホールグリーンから見る
NO 2 セカンド地点から見る
NO 3 セカンド地点からグリーンを見る
NO 4 グリーンから見る
NO 5 セカンド地点からグリーンを見る
NO 18 サードショット地点からグリーンを見る