ダウンスウィング
インパクトで体がまだ少し浮く
右手に力がまだ入っている証拠
極最近のAさんのスウィング
ボールは何とか打てる様には成っている、普通に回っても100は叩か
ない、良い時には90も切ろうかと言うスコアーも出す、しかし今の彼女
のスウィングは一番良かった頃のスウィングとは比べ物にならない、
飛距離もドライバーのキャリーは150y止まり、アイアンも押して知るべ
しで有る。

そんなある日二人の苦闘も4ヶ月になろうとしていた頃、私は一つの
提案をだした、当時は私の生徒も40人に成ろうとしていた、彼女は
その最初の生徒である、私はAさんに向かって「今日からティーチング
フィーは貴方のスウィングが元に戻るまで受け取らない。

一週間に何度来ても構わないから何とか元のスウィングを取り戻そう、
そうでなければ私の指導者としての立場が無い」と言うと彼女の目か
ら見る見る涙が溢れて来た。

彼女が開眼したのはそれから3週間後、もう5ヶ月も苦しんだ後だった、
今までトップからダウンスウィングに掛けてのレイトヒッティングを徹底
的にチェックして来た、様々なレッスンを試して来たが一瞬これだと言
うものが出てもすぐ消えてしまう、それは彼女に良く成ったと言う自覚
症状が無い為同じスウィングが出来ないのである
レッスンを始めて4ヶ月目頃のスウィング
残念ながら絶好調時の写真が有りません
フォローでは左肘が良く伸びてはいるが
頭が動いてしまいクラブがアウトサイドイン
の軌道に成っている
フィニッシュは8アイアンのせいも有るが
全体的に以前よりコンパクトに成ってしまっている
トップの位置は以前より高く成っているが
その分頭の方向に寄って来てインサイド
アウトの軌道が取りにくいトップである
150Y看板一寸先に素晴らしい弾道でボールが飛んで行く、
殆ど同じペースで、同じ弾道で、同じ所へ飛んで行く、
ボールだけ見ているとアマチュアではない。

彼女が練習場で打ち出してしばらくすると必ず人が集まってくる、
今日も5〜6人の人が彼女のショットを、スウィングを見て感心している。
彼女のスウィングには無駄や無理が全くと言って良いほど無い、
左の壁がシッカリしていて彼女の持てる力の全てが直接ボールに移っていく、
手首が強い、綺麗なレイトヒッティングはその手首の強さの現れである。

スウィングはレイトヒッティングと左の壁が作れなければその人の持つ最高
の弾道と飛距離は得られない。
クラブを持ち替えてまた打つ、今度は200Yの看板の近くに正確なドライバー
ショットがテンポ良く飛んで行く。

生徒Aさんは30半ばの女性、身長155Cm体重はおよそ45キロ位、全くの
ビギナーからティーチングを始めて5ヶ月目の事である。

彼女はティーチングしている私でさえもあっけに取られる程の速さで上達し
て行った、週3回のレッスンに週2回のコース、子供のいない彼女は殆ど
ゴルフが生活そのものの様で有った、プロの私が脱帽する位のゴルフに対
する直向さは実に素晴らしいものであった。
彼女からはすぐに電話が有った、ゴルフがうまくなりたいと言う思いは
かなり強いようである、ティーチングをして見ると元ソフトボールの選手
時代に鍛えたのであろう手首の強さと体の柔らかさは目立つものの、
決して力は有る方ではない、当時コースは行ったことは有ってもスコアー
を付けるまでのものでは無く全くのビギナーだった。

そんな彼女がわずか5ヵ月後にはプロ級のボールを打てる様に成るとは
当時夢にも思わなかった。

まだ彼女がレディースティーでラウンドしている頃、ティーチングを始めて
から3ヵ月位たった或る日ラウンドレッスンした、その頃でさえホールによ
ってはドライバーでは飛び過ぎてしまい、5番ウッドで打たなくてはならない
ホールが幾つか有り私はこれからはレディースティーはやめて男性用の
フロントティーから打つように忠告した程で有った。

私もその頃には本格的にティーチングをする様に成っていて生徒も増え、
勿論ティーチングフィーも受け取っていた。

彼女はティーチングを受けていると誰でも例外なく必ず掛かる病気
(体の病気ではなく、言ってみれば「壁」の様なものだが)に1度も掛からず
すんなりと80台を出してしまった、ちょうど彼女にティーチングを始めて半
年たった頃フィリピンにもようやく女子プロ協会が誕生する事となり第一期
生の募集が始まった。

私にも協会からの連絡で有望選手を紹介するよう依頼が有った、私は迷わ
ず彼女に是非プロテストを受けるように言い彼女もその気に成っていた頃
の事である、ある一寸した事が思わぬ事態となりその後彼女が泣く程の
つらい目に合おうとは考えてもいなかった。
我が親愛なる生徒達

例外中の例外な生徒Aさん
其の1 目を見張る程の上達の早さ
其の2 Aさんとの出会い
其の4 不幸は2度Aさんを襲った
原因不明の頭痛が彼女を悩ませたのはフィリピン女子プロ協会の話が有って
直ぐの頃だった。

大好きなゴルフもできず、病院へ行っても直ぐに頭痛の原因が解らなかったそ
うである、2〜3週間後にそれは歯からくる頭痛だと解り、歯の治療に専念した。
歯の治療が終わって本格的にゴルフに打ち込める様になるまでに3ヶ月近くも
掛かってしまった。

復帰後練習に来た彼女、ボールが当たらない、3ヶ月もクラブを振っていないの
だからに当たり前の話なのだが、彼女にはボールが当たらなくなった経験が無い、
余りにもスムーズに上達してしまい壁にぶつかった経験がまったく無いのである、
私がゴルフとはそういうもので3ヶ月もボールを打たなければスウィングも忘れて
しまう等といくら説明しても彼女は焦るばかりである。

そんな彼女に追い討ちを掛けるような不幸が訪れた、しばらく休んでいたにも関
わらず、狂ってしまったスウィングで無理にボールを打ち続けた結果、1週間後
には右手が腱鞘炎を起こしクラブが握れなくなった。又ゴルフから遠ざかること
1ヶ月、しかし彼女はそんな時でもアプローチショットの練習には熱心に通て来た
そんなある日、フォローが余りにもいい加減に成っていたので、もっとリストターンを強調するよう指導した時の事である、
私は目を疑った、フォローで手を返す動きに連れてレイトヒッティングが復活している。

彼女には何も言わずそのまま続けさせた、彼女はボールが上がって来たのと急に飛距離が伸びたのはリストターンが
良く出来ているからだと思っているらしく、しきりにその事を私に聞く、私は生返事をしながら尚も彼女のスウィングを凝視し
続けた、どうし様このまま打ち続けさせたい、今止めたら又元に戻ってしまうんではないであろうか、真剣にそんな事を考え
ていた。

少し休みたいとの彼女の声にハッとして見るともう100球も続けて打たせていた。
そして彼女にスウィングが戻ってきた事を告げると満面笑みで喜んだ、私自身は半信半疑で、もし明日も出来ていたらと心
の中で付け加えた。

現在彼女は100%元のスウィングに戻ったとは言い難いがかなり近づいてきた事には間違いない、4週間後の12月28日
彼女は日本に帰国する、まず2度と会う機会は無いかも知れない、それまでには出来るだけの事を心残りが無い様ティー
チングして置きたいと考えている。

Aさんは今帰国の準備で忙しい、日本では練習場のボール代もティーチングフィーもフィリピンとは比べ物に成らない程高い、
今のゴルフ環境を維持するのはハッキリ言って無理であるが、彼女も大きな壁を破った今、
これからのゴルフライフが素晴らしいものに成る様今後も一層がんばって貰いたいものである。

記 2007年1月
其の3 病気(壁)知らずのAさん
腱鞘炎も癒えさて本格的に練習再開と成ったのは最初から数えてもう4ヶ
月以上も過ぎていた。

それからの彼女はとんでもない苦労をする羽目に成ってしまった、空振り
のスウィングは元の素晴らしいスウィングのままだが、ボールに向かうと
まったく違うスウィングしか出来ない、一番大きな違いはあの強い手首を
生かしたレイトヒッティングが全く出来なくなってしまった事だ。

その時の彼女はボールも上がらず9アイアンも4アイアンもドライバーで
さえキャリーは80yそこそこしか出ず、それは以前の彼女からして見ると
目も当てられない様子だった。もっと遠くへ飛ばしたい、もっとボールを上
げたい、もっと芯でしっかり打ちたい、と思う気持ちが彼女本来のスウィン
グを妨げる。

しかし一度忘れたスウィングを取り戻すまでには時間と練習が必要だと言
う全く基本的なことが解っていない、なぜだろう、どうしてだろうと焦る気持
ちも彼女の邪魔をした。

ボールの無いときのスウィングをそのまますれば良いのだが彼女はスウィ
ングの違いさえ理解出来ない。
これは余りにも短期間で上達してしまった為、実際にはまだ本当の意味で
スウィングが体に染み着いていた訳ではなかったのである。

それからはどうにか元のスウィングに戻そうとする私と彼女の「打ち気」と
の戦いが続く日々と成った。
時にはそれだ!!と言うスウィングが出てやっと戻ったぞと思う時も何度か
有った、しかし重要な事は彼女にはその良く成った実感すら無いという事だ
った、すぐに又彼女の「打ち気」に負けて後戻り、これの繰り返日々、。

彼女が昔のボールをあきらめる心境にまでなってくれれば一からやり直せる
のだが、余りにも素晴らしかった過去を忘れることはとても出来ない様子であ
る、時に彼女は泣いた、練習中にである、それ程悔しいのである、その気持
ちが実はスウィング改造に撮って邪魔な事すら彼女には解る由も無かった。

私も必死で答えた、彼女がゴルフを諦めない限り私の方から諦める訳にはい
かない、それがティーチングというものである。

自分ではどうして良いか解らないから私に助けを求めて来ている訳で、それを
解決出来なければプロ失格である、とは言え技術的なことを指導する事は容
易だが気持ちの持ち方をコントロールする心理学は勉強不足である。
当初彼女が私にティーチングを申し込んで来た時、実は私はまだ
正式にティーチングをしていなかった、理由はティーチングをし始
めると自分の時間が全く無くなるのが分かっていたからである。

私がフィリピンに住み始めて10年足らず、ここへ来たのも自由に
ゴルフ漬けの毎日を送りたかったからで、ティーチングを始めれば
時間を縛られるのは火を見るより明らかである。

当時既にショップもオープンしていたがそのショップとて私の意と
する所では無かった・・、これには色々訳が有る・・・・ショップオー
プンのいきさつは又の機会にでもするとして。

とにかくティーチングは現在していないので、折角だがと断った、
以前にも何度かティーチングの申し込みが有ったが全て断った。
彼女もそれで納得して諦めてくれると思ったがそうではなかった、
以前ティーチングをしているのを見た事が有ると言う。

友人が私の所へ良く来る、勿論お客でも有りワンポイントレッスン
程度の事はしていた、彼女はそれを見ていたのだと解った。
ゴルフがうまくなりたいと言う熱心さに私はティーチングを引き受
ける代わりに条件を提案した。

ティーチングスケジュールは一切無しで申し込みは電話で彼女が
ティーチングを受けたい当日に申し込んでもらい私が空いている時
は受けるが断る場合もある、その代わりティーチングフィーは無料
とした。

彼女はティーチングフィーだけは払いたいと言ったが断わった、
やはり時間に縛られるのがいやだったからだ。
それが良かったのか悪かったのか後で大変なことになろうとは
その時思いもしていなかった。

当時の私の毎日は忙しいなんて事は無かった、ラウンドをして
いない時はショップにいるし、ショップはマニラ市内に有るヴィリアモア 
ゴルフコースのドライヴィングレンジの中に有ったので練習をしたり
他のプロとしゃべったりしているだけの毎日だった。
レイトヒッティングが出来掛けて来た
其の5 もがきの世界へ
其の6 ティーチングフィーは受け取れない
其の7 復活は突然訪れた